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「自然と人間」6月号に掲載された記事です。
ウソのベール/彼方の真実 米国訪問のイラク女性たちの訴え
風砂子・デアンジェリス
反戦グループの招きで訪米したイラク人女性たちが、米国の市民たちと交流を重ねた。その対話から、米国寄りのマスコミ報道がどのような現実を隠してきたのかが明らかになる。30年にわたり米バークレーに暮らす風砂子・デアンジェリスさんが真実に迫る。
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カリフォルニア大学ロスアンジェルス校でスピーチをするファイザ.アララジさん
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3月8日の「国際女性デー」とそれに続く「イラク攻撃開始3周年記念日」に、ホワイトハウス前で、イラクからの即時撤兵を求める女性たちの大きなデモが行われた。サンフランシスコに基盤をおく女性の反戦グループ「コード・ピンク」が組織した行動に「戦争にNo!」の女たちが全国から集まった。
その行動でことに目立ったのが、危険を承知でコード・ピンクの招きに応え来米した5人のイラク女性だった。彼女たちはジャーナリスト、作家、エンジニア、医師、薬剤師で、他に、米軍の爆撃で夫や子どもを失った女性二人が来米するはずだったが入国ビザを拒否され断念したという。
ワシントンDCでの行動の後、訪米団はそれぞれアメリカ全国を回り、講演会やハウス・パーティでイラクの状況を伝えた。私がファイザ・アララジさんとスレヤ・サヤディさんに出会ったのも、バークレーで行われたハウス・パーティの一つでだった。
イラクの混乱は
宗派間の対立ではない
「アメリカに来て何よりもショックだったのは、メディアのイラク報道とそれに基づくアメリカ人のイラク観が、あまりにも現実とかけ離れていることでした。もっとも、ジャーナリストたちはグリーン・ゾーンからイラクを見ているのですから、私たちレッド・ゾーンの人間の生活が見えないのは当然かもしれません」とファイザさんが言う。
彼女たちの話はショックだった。イラク情報に人一倍注意を払っていたはずなのに、無知もいいとこ。私は、もっと詳しく話を聞かせてほしいと、二人を自宅に招いた。
私の家のキッチンでは、自家製の大きな食卓を囲んでさまざまな集いやインタビューが行われてきた。 殺風景なオフィスや騒々しいカフェよりも、ずっと落ち着いて、初対面の人ともすぐに親しみ合えるムードがある。
彼女たちの情熱的な言葉が、シャープな比喩やジョークや笑いをスパイスに、熱くキッチンで沸騰したのは、偶然にもイラク法廷でサダム・フセインの反対尋問が始まった日だった。スタイリッシュなスーツを着て、白い頭巾をつけたファイザさんは、エンジニアで3人の息子の母親だ。夫と共にバグダッドで水の処理会社を経営していたが、占領がはじまると、バグダッド大学に通っていた次男が理由もなく逮捕される事件があった。保釈金を払って彼を釈放させると、一家はヨルダンに移住した。ほとんどがミドルクラスの職業人である彼女の友人たちも、今はイラクに残っていない。経済的に脱国ができない家庭でも、子どもたちだけは国外に移住させようとしている、という。
「アメリカでインタビューを受けるたびにまず聞かれるのが、あなたは何派なのですか?という質問です。私は、自分はそういう分類とは関係ないイラク人です、と答えます。私はシーア派で夫はスンニ派ですが、私たちのような結婚はどこにでも見られます。隣人たちとの関係でも同じで、宗派の違いなど問題になりません。イラク人は、エスニック・トライアングル(種族三角地帯)などという言葉を、3年前まで聞いたこともなかったのです。
イラクの混乱は内乱ではありません。アメリカのメディアは、イラク人同士が殺しあっている、米軍が撤退したら内乱の収拾がつかなくなるとの一点張りですが、冗談でしょうと言いたいですね。もちろん暴徒の大半は外国人ではなくイラク人です。彼らの行動を決して支持しませんが、一般の穏健な市民や青年たちを『過激派』に仕立て上げているのは、アメリカのイラク占領なのです。」
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風砂子のキッチンで談笑するファイザさんとスレヤさん |
米国先住民の歴史と
共通するクルド人の苦難
長身でたくましいスレヤさんは、カリフォルニアに住むクルド人の医師で、訪米団の滞在中、彼女たちと行動を共にするエネルギッシュな反戦・人権活動家だ。
「私は、イラク北部クルディスタンのキルクークで生まれました。石油生産量が最大の地域で、父はイギリス系石油会社のシェフとして働いていました。1974年、私が12歳の時に、アメリカ政府に支援されたクルド族がフセイン政権に対して反乱を起こして鎮圧され、イランの難民キャンプに追われました。難民キャンプで暮らしながら、少女の私は、毎朝目が覚めると"私たちがこうなるように決めたのは一体誰なのだろう?"と考えました。
あの凍りつくような山越えの最中に、空から私たちを襲撃したヘリコプターがアメリカのものであったことや、何万人ものクルド人を虐殺したフセインに武器を与えていたのがアメリカやヨーロッパの国々であったことは、もちろん成人してから知ったのです。
種族や宗派間の溝を深め、敵対心をあおり立てて戦わせ、用がなくなれば使い捨て。今のアメリカのやり方は、第一次大戦後に中東一帯を分離して、イラク・トルコ・ヨルダンなどの国境を設定したイギリス植民地主義と基本的には変わっていません。そうした分離政策の被害を最も過酷に受けて来たのが、私たちクルド人です。」
スレヤさんは、クルド族が100年にわたって受けてきた苦難を、しばしばアメリカ先住民のそれになぞらえる。
「私の母もアメリカ・インディアンに似ているんですよ。伝統的な遊牧民族で、国境というものがなかった広大な砂漠地帯を自由に歩き、他の民族たちと共存して来たクルド族は、今世界最大の難民人口を形成しています。」
カリフォルニア先住民の存在が、金の発見によって消されたように、クルド族のいのちは、石油"争奪戦"の「道具」に使われてきたのだ。
彼女の話を聞きながら、「9・11」の直後、バークレーの美術館で開催されたセバスティアン・サルガド写真展で見た、胸を突かれる難民たちの姿やクルド人の少女の顔が、スレヤさんの顔に何度も重なった。
スレヤさんは16歳の時、難民キャンプからアメリカ人の牧師夫妻に養子として迎えられて以来この国に住んでいる。
「今、私の実の家族は中東各地に散らばっています。私は、29年間母に会えませんでした。自分の体験と悲しみを、決して世界の子どもたちに体験させてはならない。その気持ちが私を行動に駆り立てます。」
インタビューの間に、携帯電話がたびたび鳴って、スレヤさんは席を外した。その日のフセイン裁判について、さまざまなメディアが、クルド人としての彼女の意見を聞いてきたのだ。
「フセイン裁判など、アメリカのチェス・ゲームの一手に過ぎません。サダムを殺そうが生かそうが、殺された子どもたちが母親のもとに帰って来るわけではありません。もともと、サダムを政権につかせたのは誰だったのですか? ラムズフェルド国防長官が、かつてサダムとキスをしている写真が残っているではありませんか。イラン・イラク戦争の間、両国に武器を供給していたのは誰なのですか? サダムにクルド人虐殺の化学兵器を与えたのは誰なのですか? そして今、ブッシュやアメリカの政治家たちが『クルド族の保護』をイラク占領正当化の一つに使っていますが、クルド人を虐殺したのはフセイン政権でイラク市民ではありません。アメリカの占領が、クルド族と他のアラブ人との対立を激化させているのです。」
とスレヤさんは席に戻りながらいう。
女性の社会的地位は高かった
「私はここに来て、イラクの解放を誰よりも喜んでいるのは女性たちだ、とブッシュ大統領が演説しているのを聴いて、ハッハッハッと笑ってしまいました。一体何から私たちを解放してくれたというんですか? 占領前のイラク女性がどんな権利を与えられていたか、知っているんですか?」とファイザさんが続ける。
「一般のアメリカ人が抱いているイラク女性のイメージは、フセイン打倒以前は、ベールをかぶって家庭にこもり、社会活動などを禁止された生活を送っているというものですね。でも、全然ちがうんですよ!
フセイン政権下のイラク女性には、男性と同様に無料で教育を受け、職業を持ち、選挙に立候補して投票する権利がありました。結婚相手を選び、結婚後も自分の姓名を使う自由がありました。大学生や職業人の半数、公共事業職員の75%は女性で、エンジニア、医師、弁護士、裁判官、教授など、あらゆる分野で女性が活躍しています。同職における男女の給料は同等、母親には全額給与で6ヵ月、半額給与で12ヵ月の出産休暇が与えられていました。
フセインの独裁と経済制裁によって、それらの特権は縮小されてはいましたが、それでもイラクの社会制度は、近隣の国々に比べたら抜群でした。フセインは、非道な独裁者であると同時に、女性の解放者でもあったんですよ。」
ええっ、ほんとう?
アメリカや日本よりずっと進んだ社会保障を、イラクの女性たちが享受していたなんて知らなかった。私の眼から2枚目の鱗がおちた。そしてブッシュ大統領が解放してやったと自慢する今のイラクの状態は、どうなのだろう?
「バグダッドで私たちが住んでいた2階建ての家には、6個のエアコンが取り付けてありましたが、ひと月の電気代は、ドルに換算して50セントでした。
今では、電気は一日2時間しか給電されず、水も食べ物も不足しています。イラクでは、今でも一日2200万バレルの石油(占領前は2500万バレル)が生産されているのに、イラク市民が石油を買うときは、給油所の前に長蛇の列を作って待たなければなりません。
バグダッドの死体公示所には、月平均1600人の死体が運ばれて来ます。子どもたちは学校にも行けず、といっても多くの学校は破壊されていますが、女性は仕事にも行けず、人々は家に監禁されているのと同然です。未亡人や孤児に対する援助は滞り、医療補助は足りず、女性は売春を強いられます。
最近受け取ったイラクからのメールでは、男たちが、外出しなければならない時は、万一に備えて死に装束を身につけて行くそうです。イラクには平和も安定もない。これがアメリカがくれた民主主義の実相です。」
そう言うファイザさんにスレヤさんも相槌をうつ。
「これは戦争ではなく、ブッシュ政権のプロジェクトです。その目的が地域支配であれ、石油独占であれ、イラン攻撃の下準備であれ、イラク市民のためを考えたものなどでは決してありません。サダム・フセインの滅亡が目的なら、彼を牢獄につなぐだけで十分なはずです。なぜイラクに米軍が留まらねばならないのですか? アメリカの計画はイラクを完全に壊滅し、永久基地を作ることです。」
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ワシントンDCのホワイトハウスの前で、
女性の反戦デモの先頭に立つスレヤさん(中央)とファイザさん(右) |
途絶えることなき反戦のうねり
インタビューから1ヵ月近くたった。
イラク政府の発表では、この2ヵ月間に10万人のイラク市民が故郷を追われたという。アメリカ国内の現実も、ファイザさんやスレヤさんのブッシュ政策批判の正しさを日々証明している。
急速な石油の値上がりに市民が悩まされ、月60億ドルというイラク占領経費のために、学校教育や医療保険、社会保障が滅多切りにされている。その一方で石油企業は、他のあらゆる産業を含めても史上最高という利潤を記録した。エクソン・モービル石油会社の元重役は、9年間の在任中に一日15万ドルの収入を得ていたという報道も流れた。
大統領・副大統領・国務長官の全員がエネルギー企業の元重役という政府は、過去に例を見ない石油まみれ、血まみれの政治をおこない、ホームレスの人口や街頭での暴力を増加させている。
一方、バークレー市議会は、カリフォルニアで4番目の都市として、大統領とチェニー副大統領の弾劾決議を採決。世論調査では、大統領の支持率が29%に落ちたものの、共和党が多数を占める議会では、弾劾
は不可能、と決め込んでいる国会議員たちにメッセージを送った。
そしてメーデーを含む3日間は、市民の声が大きなうねりとなってアメリカ各地にひびいた。4月29日には、35万人がニューヨークの街頭に繰り出し、「イラク撤退」と「イラン攻撃をするな」と訴えた。続く30日にはワシントンDCで、「スーダンのダルフール地区における虐殺を止めよ」と要求するデモ、そして今日のメーデーには、アメリカ全国で、再び何百万人もの移民労働者たちが正当な人権を求めて街頭を埋めた。
数ヵ月前に、ニューヨークの地下鉄ストライキを指導して4日間投獄されたロジャー・トゥセインさんがニューヨークの集会で発言した「イラク戦争とアメリカの国民に対する戦争は、しっかりとつながっています」との言葉は、全てを物語っている。そして、イラクで息子を失ったシンディ・シーハンさんの「アメリカ市民の大多数は、この上イラン攻撃などを望んではいません。狂っているのは政府だけです」という言葉も真実だ。
彼女のようにイラクで家族を失った遺族たちやイラク帰還兵の団体が、いまアメリカの平和運動の先頭に立っている。ファイザさんやスレヤさんのように、世界帝国の過酷な政策を体験した人々が語る言葉や行動には、「真実」のエネルギーが込められている。それは、不当待遇を強いられている移民たちの気持ちにもそのまま通じるものだ。
最初の滞在期間を延ばして、より多くの行動や公聴会に参加したファイザさんは、「アメリカで私はたくさんのすばらしい人たちに会い、彼らが決して戦争など望んでいないことを知り、希望を持ちました。また、イラクをイラク人の手に取り戻すのは、誰にも頼ってはいけない。自分でするしかない。そう自覚しました」という。
「今こそ、種族や宗派を越えて、中東の、いいえ、世界中の市民たちが国境を越えて手を結ぶしかありません」とスレヤさん。
すばらしいイラク女性二人に会い、友だちになれたことは、これからも私に力をくれるだろう。(協力 バイエイ・雅代)
「自然と人間」ウェブサイト
www.n-and-h.co.jp
e-meil:info@n-andーh.co.jp
Fusako de Angelis 米バークレー在住。メールマガジン「Shake! ベイエリア通信」wp発行紙、アメリカ西海岸の反戦・平和運動を伝える。共著書に『環境レイシズム』など。
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