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月刊クーヨン(Cooyon) 2004年7月号
虐待された子どもを癒す
家族ぐるみのプログラム
西澤奈穂子
いまアメリカでは、戦争のあおりを受け、教育や福祉にかかわるさまざまな施設が予算削減に苦しんでいます。今回、西澤奈穂子さんがレポートしてくれる、サンマテオの少年院もそのひとつ。来年度から施設内の精神保健活動が大幅に減らされようとしています。そこにいる子どもたちは家庭で虐待を受けていることが多く、ケアが必要なのに。精神保健部の責任者・トニーさんがリストラとたたかいながら続けているプログラムを紹介します。
サンマテオはベイエリアの南西部、サンフランシスコとサンノゼの間に位置するカウンティー(郡)。スタンフォード大学があり、シリコンバレーにも接しているといえばご存知の方も多いかもしれない。ここにはアメリカ国内ではじめて郡の機関内につくられた精神保健部があり、少年院「ヒルクレスト・ジュベナイル・ホール」でも充実した活動を行っている。少年院内の精神保健部で責任者をつとめているトニー・デマーコさんによれば、この院にいる子どもたちの99%は、何らかの深刻な虐待を経験してきているという。
「子どもたちの犯罪の多くは、虐待のトラウマのアクティングアウト(行動化)。だから、更正よりも癒しが必要なのです」
そう話すトニーさん自身も、子ども時代に深刻な虐待を受けながら育ったサバイバーだ。10代で母親となり、3人の娘をシングルマザーとして育て上げた。子育てをしながら大学院に通い、セラピストの資格を取り、児童虐待やティーンの自殺防止などを専門にしてすでに18年が経つが、その精力的な活動はすべて、「魂の癒し」と彼女が呼ぶ、自分自身の被虐待経験に対する徹底的なセラピーワークがもとになっている。それは、虐待によって植え込まれた「価値のない自分」という自己像を超えていく試みでもあったようだ。
虐待は、何世代にもわたって「受け継がれている」場合が多い。虐待する親の約半数は、子どものときに虐待を受けていた経験があると言われる。その連鎖を止めるために最も必要なことは、「自分自身を大切にすることを学ぶこと」だと彼女は言う。
「幼い頃の虐待の経験は、『自分は傷つけられても仕方のない存在だ』という自己像を子どもに植えつけます。そのせいで、彼らは成長してからも、自分をq傷つけられる状況rに置き、それが自分に最も近いひと、パートナーや子どもを傷つけることにもなっていくのです。その悪循環を止めるには、『自分は暴力などを受けるべき人間ではない、価値ある人間だ』と思えるようになることがまず大切なのです」
トニーさんが中心となって育ててきたプログラムに、<クロスロード>がある。犯罪を起こした子どもに対し、「少年院に行く必要はないが、徹底したセラピーが必要」と判決が出た場合に実施されるプログラムだ。そうしたケースの85%は、深刻な虐待経験のある子どもたちだという。
このプログラムが目指す最大の目標は、「子どもが自分の家族の中で安全に健康に育つための支援」。その活動は、子どもが問題を起こして補導され、裁判の判決が出た直後からはじまる。それは家族が最大の危機に直面しているときであり、だからこそ変化が最も可能なときでもある。ひとりのセラピストが週に10〜12時間を費やして、担当になった子どもの家、学校、親類の家など子どもの活動範囲すべてを訪問しながら、子どもと家族のセラピー、親戚や関係者すべてを集めたミーティング、学校でのサポートなど、家族の安定と変化を促すためのあらゆるサポートをする。その効果は大きく、養護施設などに送られるはずだった子どもの8割近くが、自分の家族内にとどまることができているという。
「子どもはできる限り親と一緒に暮らしたほうがいいと、わたしは思っています。虐待が発覚した後、子どもを家族から引き離すことは、子どもをより深く傷つけることも多いのです。また、暴力の連鎖を止めるためには本当の癒しが必要で、子どもの本当の癒しは、親子双方の癒しがあってこそ可能なのですから。クロスロードのような家族ぐるみの徹底したサポートをきっかけに、家族の各人が自分のトラウマに気づき、親も子も癒しのプロセスをはじめ、変わろうと努力できるようになるのだと思います」とトニーさんは言う。
この徹底したアプローチを可能にしているのは、クロスロードが、司法(保護観察部)、福祉(ヒューマンサービス)、精神保健(メンタルヘルス)三者の共同参加で成り立っているプログラムだからかもしれない。クライアントである子どもの家出や非行は保護観察部が、家族の貧困や両親のドメスティック・バイオレンス問題はヒューマンサービスが、同じクロスロードのチームとしてそれぞれの方向から家族を支える。もちろん、メンタルヘルスを担当するセラピストの活動範囲も、プログラムそのものも、これまでの「枠」を大きく超えている。
トニーさんはまた、<ケラーセンター>という新しい活動にもかかわっている。ケラーセンターでは、児童虐待がレポートされた後、報告の真偽、虐待の詳細などを調査する新しいアセスメント方法が行われている。従来この調査は、司法、医療、福祉、メンタルヘルスそれぞれが別々に行っていたために、度重なる調査が子どもの傷をより深くし、また子どもの答えがそれぞれに違う場合、法廷でもめる原因にもなっていた。そこでケラーセンターでは、片面が鏡になっているガラスを挟んで、ひとつの部屋で専門にトレーニングを受けた面接官が子どものアセスメントを行い、それをとなりの部屋から警察、司法、医療、福祉などの、調査が必要なすべての専門家が観察するようにした。そして、この面接をビデオと音声のテープに録り、裁判にも使う。こうすると調査が一度ですむし、法廷で子どもが加害者(多くは家族)の目の前で証言しなくてもすむのだ。
被虐待者と支援者の枠を超えて生き、被害者と加害者どちらにも癒しが必要というビジョンをもって、専門分野を超えた活動を展開するトニーさん。さまざまな既成の「枠」を超えることが、難しい課題を乗り越えるための鍵になるのかもしれない。
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